
昭和29年初代智海が、相模原に浄土真宗の教えを弘めるべく開教の志を立てる。
昭和31年相模原市並木(本院現在地)に移転。昭和58年、東本願寺二十四世 闡如上人の「真宗大谷派離脱宣言」に従い大谷派から離脱。親鸞聖人代々の血脈である大谷光紹台下(天皇家の従弟でもあられる)の元、東本願寺派の末寺となる。
本弘寺二代目住職が、秦野の地の素晴らしさに出会い、また浄土真宗の寺院が無いことを憂い、平成18年秦野市に本弘寺別院を開設。責任者に本弘寺若院である高島宣弘が着任。
令和元年6月 東田原に新本堂を建立いたしました。



